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『ちいさこべえ』~望月ミネタロウが山本周五郎の『ちいさこべ』に“え”を加えた魅力~

果たして日本にティム・バートンデヴィッド・リンチのような天才・異才はいるのかと考えてみますと、僕はまず映画監督ではなく漫画家の望月ミネタロウさんのことを頭に思い浮かべます。というのも望月さんは非常に映画的なモンタージュされたコマ割やカメラアングルの漫画を書かれる方で、上記の映画作家に勝るとも劣らない独特のセンスを持つ作家さんだからです(特にカタカナのミネタロウになってからは『東京怪童』で単行本全三巻、本作で全四巻と続けて読むとちょうど映画一本見た以上のボリュームの読後感がある作品をお書きになっています)。

望月さんの作品には実際に映画化されている作品もいくつかあるのですが、僕はその映画を特に見たいと思いませんし見たこともありません。望月さんの漫画の世界が完成されているのでそれ以上のものを映画で表現することや体験することは不可能で時間の無駄だと思ってしまうからです。

言うまでもなく映画と漫画を鑑賞する際の大きな違いはその鑑賞時間が束縛されるかどうかという点にあります。映画は製作者の意図によって決められた特定の上映時間という制限がありますが、漫画の場合は好きなコマやページがあると時間を気にせずっと絵を見つめてその世界に浸ることができます。

もちろんそのように人を引き付け魅せるには絶対的な画力が必要です。その画力がある前提の上で限られたコマ割りの中で何を書いて何を書かないかというディテールに作家のセンスが光ります。望月さんの漫画はその描かれるディテールのセンスがデザインやコマ割のモンタージュ含め独特で非常に上手いのです。そこに描かれる世界にずっと浸っていたいという気になります。僕にとってはそういう天才肌の漫画家さんはかなり少ないと思っているので(高野文子さんとか津野裕子さんとかその他数人です)ちょっと貴重な存在です。

前置きが長くなりましたが『ちいさこべえ』はその望月さんが山本周五郎さんの原作『ちいさこべ』を現代に置き換えてコミカライズした魅力的な最新作になります。


 『ちいさこべ』と『ちいさこべえ』小説と漫画の違いとは

この漫画は望月さんが始めて原作物に挑戦した作品になります。ここで気になるのは小説と漫画がどれくらい関連しているのかという点です。

原作を読むと登場するキャラクターとセリフは100%近く漫画版にも反映されているという事がわかります。小説内の主なイベントも漫画版に反映されているのでこれはほぼ原作に忠実なコミカライズといっていいでしょう。ただし原作は13章からなる70ページ程の中編です。一方漫画の方は44話からなる3年に渡る長期連載で全4巻の長編といってもよい長さになっています。

特にセリフもエピソードもストーリーも基本的には小説と同じなのになぜそんなにも物理的な量が違うのか?言うまでもなくこの漫画は描写のディテールが圧倒的に増えているからです。原作からの引き算は無しで行間を読んで想像力を膨らませた足し算がいっぱいあるということです。

例えば小説の方にはキャラクターに関する細かい描写は何一つありません。つまり漫画版の主人公である茂次のあのインパクト(『バイクメ~ン』程のインパクトではありませんが)のあるヒゲ顔はオリジナル設定ということになります。他にもりつの作るお弁当や子供達一人一人のキャラクターも原作には何も書かれていません。つまりこの漫画に“絵”的に追加された魅力的な細部は全てオリジナルで肉付けされたディテールなのです。つまり『ちいさこべ』に“え”が追加されたものが『ちいさこべ』です。原作はあってもこれはやはり望月さんのオリジナル作品になっています。映画に例えると原作、脚本は山本周五郎、脚色、撮影、美術、編集、監督は望月ミネタロウといった感じでしょうか。

もう一つ小説と漫画の違いで具体的なシーンを見てみたいと思います。りつが金貸しの利息としてゆうこさんが大留に嫁入りするという噂を聞いたという小説での最終章のシーンです。ここは原作では以下になります*1

おりつは云った。この近所ではまえから、茂次とおゆうが夫婦になるものときめていたようだ。自分もそう思っていたが、十二月に出入りの米屋が話すのを聞いた。「魚万」の再普請に当って、茂次が金を借りたとき、福田屋の久兵衛がこの金には利息が付くと云った。それは金利のことではなく、おゆうを嫁にやるということ、つまり「おゆうが付く」という意味で、今年の秋あたりはそういうはこびになるだろう、というように聞いた、とおりつは云った

たったこれだけです。おりつが噂を聞いたという事実の回想だけでその話を聞いた時のおりつの心情やエピソードは何も語られていません。

このシーン自体は漫画でも第四巻の終盤に語られる話なのですが、『ちいさこべえ』ではこの“噂を聞いた”という一文を望月テイストの想像力を膨らませたエピソードとして一話丸々使って描いています(第三巻の第二十五回)。詳細は読んで頂くのが一番良いのですが、簡単にその描写を説明します。

まず「ヒュオオオー」と吹きすさぶ風の中、りつと子供のサクラとウメが顔が隠れるくらい髪をなびかせて画面正面を向いて立っているシーンが見開き二ページに描かれます。りつは空の買い物カゴを持っているので三人は一緒に買い物に出かけているということがわかります。波乱が起きる前兆がこの見開きのページに描写されます。

買い物では子供達のキャラクターがわかるコメディー描写になります。サクラは消費期限や添加物や合成着色料や遺伝子組替えやらブラックな質問ばかりしてりつを困らせます。ウメの方もこれもダサいこれは色が嫌いとわがまま言ってりつと漫才みたいな会話をして笑わせます。

そこに経理のなつこさん(ビール二本と魚肉ソーセージの寂しい買い物をしてる独身設定)がやってきて例の利息の噂話をします。「へぇ、そうなんですか」とかなりショックを受けたりつが孤独な足元のみで計4コマ描写されます。

そしてその次のページで三人が画面背面を向いた後ろ姿で買い物から帰るシーンが冒頭と同じ見開きニページに描かれます。りつは買い物の詰まった買い物カゴ、子供達はテッシュやトイレットペーパーを抱えて帰途につく様が寂寥感たっぷりに描写されます。

最後のページでりつは家の前で「私が、ここにいられるのもそんなに長く無いかもしれないな...」と寂しく呟きます

どうでしょうか。ほとんどオリジナルと言っていい心理描写が一連の画面の連鎖によって描かれています。ここでは原作補完として望月さんの持つコメディーセンスと繊細かつ大胆なコマ割でオリジナリティーあふれるエピソードが慎ましく追加されているという感じです。こういったディテール描写が全44話に渡って3.11以降の世界に時代を超えた物語として繰り広げられているのが本作の魅力といえます。

望月さんが山本周五郎の『ちいさこべ』に魅力的な“え”を加えた清々しい、時間を忘れて堪能できる作品です。

  

 

*1:「ちいさこべ(1957年)」1974刊 新潮文庫版より


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