『ツィゴイネルワイゼン(1980年)』~ 鈴木清順による"浪漫三部作"の清順時空①

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結果的に"(大正)浪漫三部作"と呼ばれている『ツィゴイネルワイゼン(1980年)』と『陽炎座(1981年)』と『夢二(1991年)』という三本の映画は同じ監督(鈴木清順)と製作者(荒戸源次郎)と脚本家(田中陽造)と音楽家(河内紀)によって手掛けられているにも関わらず、それぞれ全く似ておりません。

ツィゴイネルワイゼン』を期待して『陽炎座』を見ると裏切られ、『陽炎座』を期待して『夢二』を見るとやはり裏切られます。

いくら同じスタッフでもやはり生き物として一本の映画が生まれ落ちるということは一期一会的な要素が多いに作用するということでしょうか、あるいは大正生まれのアナキストの単なる気まぐれなのでしょうか。

いずれにせよこの三本のフィルムを "浪漫三部作"と呼ぶことで一連の共通点を見出すのであれば、それは特定の清順時空でつながっている(あるいはつながっていない)という一点のみということになるかと思います。では以下のその清順時空がどのような物理法則よってに作用するのか、その位相差空間(*1)を具体的に見て/聞いてみたいと思います。


 『ツィゴイネルワイゼン(1980年)』 

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 (※上記画像は以下のサイトより)

鈴木清順監督“浪漫三部作”公式サイト―ツィゴイネルワイゼン/陽炎座/夢二

おそらく日本映画史に名を残そうが残さまいがそんな卑小なレベルの話とは無関係に傑作と呼ぶに値する日本映画として一番に想起されるのがこの映画です。その理由に関しては言葉で言い表す事ができる点とできない点がありますので、ここでは言葉にできる点のみを記載します。

音と映像のドップラー効果による平行世界

まずこの映画の特徴は音やセリフが絶えず映像より先行して提示される点です。既にこの映画のソフトをお持ちの方は見直して頂ければすぐ確認できるので確認して頂きたいのですが、この映画はオープニングタイトルの音楽としてサラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」が流れます。

タイトルバックにはクレジットなり、その背景となるターンテーブル上を回るレコード盤だったり、乱れ散る桜だったりの映像が示されるのですが、そのクレジットの最後にはターンテーブルを背景に「監督 鈴木清順」と表示されます。

まぁ、ここまでは数多ある凡百の映画の出だしと変わりはないのですが、この映画に驚愕させられるのはこの「監督 鈴木清順」と表示されたその画面において、静止したレコードにターンテーブルのスイッチが入れられ、レコード盤が回り始めてから、レコードの針がレコード盤に落とされる映像によってこの映画の本編が始まるという点です(この一連の画面操作の間中、既にツィゴイネルワイゼンのヴァイオリンの音楽はずっと流れ続けています)。  

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これは現実世界というか普通の映画であればこのレコード針が落とされた時点から「ツィゴイネルワイゼン」の音楽が鳴り始めるべきなのですが、そうではないのです。映画の劇伴として音楽が先行して最初から流れているのであって、遅れて画面上に表示され回り始めたレコードから「ツィゴイネルワイゼン」の音楽が奏でられてはいません。つまりこのオープニングからして映画の基本要素とも言うべき音と映像という二大要素がシンクロ率0%で決定的にずれており、既に映画的な虚構が展開されているというトリックで最初から観客は騙されているのです。

つまりこの映画のオープニングは

①先行する音楽②遅れてやってくる映像

ドップラー効果のように、

①先行する現実世界②遅れてれてやってくる虚構世界により上塗りされる

という①と②の二つの平行世界が存在するということを示しています。

なぜそのような二つの平行世界が存在するかに関しては映画の最後に衝撃的ともいえる種明かしがされますのでこの映画の重要な伏線といえます。

この音(あるいはセリフを言うこと)が絶えず映像に先行して示される、あるいは二つの平行世界が音によって交わり繋がるという演出に関してこの映画では頻繁に使用されておりますので以下順を追ってみてみます。


原田芳雄扮する中砂と藤田敏八扮する青地はレコードに吹き込まれたサラサーテの「」に関して何をしゃべっているのかを再度レコード針を置き直して聞き返します。

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・中砂が浜辺で警官達と格闘する際のBGMは「骨のテーマ」という骨が擦れるような音楽が先行して流れます。この「骨のテーマ」が流れたに女の死体とその股から赤い蟹が出てきます。 

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 ・ウナギ屋では樹木希林がウナギの胆を取って捌くが聞こえた後にウナギが配膳されます。のシーンでは中砂が大谷直子扮する芸者の小稲の肝を吸うイメージが展開されます。 

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・「骨のテーマ」の音楽が流れて中砂は中砂は小稲の腕を骨をしゃぶるように愛撫します(一回目)。 

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・中砂邸を訪れる青地は切り落としを通る際に「カーン、カーン」という歌舞伎の拍子木のが鳴ったに中砂邸に着きます。 

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・青地が重病の妙子の話の最中に”だめだよ”というが聞こえ、大楠道代扮する妻の周子が新しい経験をして鏡で顔を見ます。 

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・切り通しで大谷直子扮する中砂の妻の園が「ほら、もうこんなに暗くなって。日が暮れますから急いでまいりましょう」と言うと辺りが暗くなります。 

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・青地が「あの橋の上、何してるんだろう」、園が「あぁ、花火をみているのですわ」と言うと橋の上で花火を見ている人々の映像が示されます。

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・「カランカラン」と屋根に石が落ちるがした、すき焼きを食べていた部屋の描写が魚眼レンズに切り替わります。

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・旅先のホテルで再会した小稲に「あなた、私の骨が好きなんでしょう」と中砂に言うと「骨のテーマ」が流れ出し、中砂は小稲の腕を骨をしゃぶるように愛撫します(二回目)。 

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・「中砂のブルース」の最中に「もうお昼だぞ」のがきこえると太陽の映像がインサートされます。

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・青地が中砂の遺骨を触ろうとすると骨のが聞こえます。 

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・中砂の娘は「チリーン」という鈴の音と供に登場し、夢を通じて二つの平行世界の橋渡し役を演じます。 

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・後ろ姿の小稲が五時の「ボーン、ボーン」という柱時計の音と供に青地邸に登場し、中砂の忘れ形見を取りにきます。 

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・青地は中砂の娘の「チリーン」という鈴の音に引き寄せられ、二つの平行世界は逆転します。  

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以上が『ツィゴイネルワイゼン』 における映像の関係です。おおよそ何か言うとだいたいその通りの映像が現れますのでこの点に関してだけは非常に素直で分かりやすい映画です。あとはだいたい二つの平行世界がなんらかのによって交わり繋がります。

そして最終的にはこの二つの並行世界は死者と生者の世界であることが判明します。死んでいる者が生きており、生きている者が死んでいる世界です。この二つの世界を行き来するのは実体のない幽霊ではなくという実体のある物理現象であるというのが清順時空、引いては『ツィゴイネルワイゼン』という映像ドップラー効果がもたらす位相差空間の正体なのです。

 


 

≪おまけ:色彩遷移のアクションの系譜≫ 

『関東無宿(1963年)』 

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『東京流れ者(1966年)』 

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ツィゴイネルワイゼン(1980年)』 

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【追悼】

荒戸源次郎さん(1946年10月10日 - 2016年11月7日):映画製作者

荒戸源次郎 - Wikipedia

73年に大和屋竺監督『愛欲の罠』(原題「朝日のようにさわやかに」)を皮切りに、映画製作を開始。80年、東京タワーの下にエアドーム型の映画館「シネマプラセット」を作り、鈴木清順監督の「ツィゴイネルワイゼン」を上映し、自主興行としては異例の大ヒットを記録した(後に『陽炎座(1981年)』、『夢二(1991年)』「(大正)浪漫三部作」を製作)、「どついたるねん」などの阪本順治監督作品の製作も多い。

監督作品:

『ファザーファッカー(1995年)』
赤目四十八瀧心中未遂(2003年)』
人間失格(2010年)』

 

ご冥福をお祈りいたします


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*1:2071年ではハイスクールで習う常識らしい


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