虎の尾を踏む複眼の男達は蝦蟇の油の夢を見るか? ~ 黒澤明の唄と関連書籍

黒澤明自身が見た夢を元にして製作されたと言われている1990年に公開された『夢』という映画のいくつかのエピソードには実は有名な原作本が存在していた事をご存じでしょうか?。
1978年3~9月に週間読売に連載され、1984年に単行本化された『蝦蟇の油―自伝のようなもの』というやたらめったら面白い黒澤明の自伝がそれに当たります(まぁ、原作も何も同じ作者ですが)。

つまり『夢』という映画は自伝の『蝦蟇の油』とセットで考えると非常に分かり易くなる映画です(逆にセットで考えないとその死者へのレクイエムという明確で具体的な内容が単なるファンシーな日本昔話的な夢物語と誤解されるかもしれません)。

おそらく時系列から察するに『蝦蟇の油』で回想・執筆した自伝的な実際の出来事の記憶を元にして映画のエピソードとして発展させたのではないでしょうか(あるいは本当に現実の出来事が実際に見た夢に侵食していったのかもしれません)。以下そのいくつかのエピソードとその関連性を具体的に見てみましょう。

 

【第二話:桃畑】
姉の雛祭りで6人いたはずなのに5人しかおらず、の若木の切り花から現れて裏口に立っていた少女を追って裏山の桃畑跡に辿りつくと、切られた桃林の木霊と出会う話です。表向きはメルヘンチックな話ですが、の花を見られなくなったのが哀しいと泣く主人公の少年は姉を亡くした黒澤少年そのものであり、最後にの若木が一本だけ花を咲かせているのは亡くなった姉へのレクイエムとなっています。つまり桃林の若木のゴーストが成仏する話です。
黒澤さんには四人の姉がおり、その一人である心やさしい姉との雛祭りの想い出とその姉が16歳で亡くなった際の葬式のエピソードが『蝦蟇の油』の「つむじ風」の章に記されています。その姉の戒名は「桃林貞光信女」です。

 

【第五話:鴉】
『蝦蟇の油』には自身に大きな影響を及ぼし、憧れ・尊敬の対象であった兄に関して多くの記載を割いています。自身も画家として活動していた黒澤さんは憧れ・尊敬する画家として機関車のように生き急ぐゴッホのエピソードを描きますが、これは若くして自殺した憧れ・尊敬する兄に見立てて描写されていると考えられます。このエピソードのラストシーンは真っ黒に空を埋める鴉です。このシーンのモチーフとなる『鴉のいる麦畑(カラスのいる麦畑)』はゴッホが拳銃自殺を図った1890年7月に完成された最晩年の作品と言われています。やはりこれも行き急いで亡くなった兄へのレクイエムといえるエピソードと言えます。

 

【第七話:鬼哭】
第六話の「赤富士」を受けて世界は放射能汚染で荒野と化し、人はおどろおどろしい鬼の姿に変わり果てたエピソードです。
これは「恐ろしい遠足」の章に書かれた関東大震災の際に兄に連れられて見た地獄絵図の描写と一致します。この映画の真っ赤な池のイメージと黒い鬼たちは、真っ赤に染まった隅田川に打ち寄せる黒焦げの死体の群れを眺めた時のイメージに由来しているのではないでしょうか。これは別作品でも繰り返されてきた黒澤さんの原水爆に対する大量虐殺フォビアとも言える恐怖と怒りの原風景だと思われます。

(第六話の原発事故の予言的な鋭さに関しては以下で少し触れています)  

callmesnake1997.hatenablog.com

【第八話:水車のある村】このエピソードの舞台である静かな川が流れる水車の村は黒澤さんの父親の故郷であり、幼少及び中学の時に何度か訪れた秋田の田舎ということになります。「遥かなる村」の章に記されている美しい水草を浮かべて流れていたの印象や村の老人に聞いた大きな石に傍を通る子供達がを手向けて通る話や、「人生は面白い」と言う素朴な老人の話はそのまま映画に使用されています。これももはや少年時代の記憶の中にしか存在しない失われた望郷の地と死者へのレクイエムです。

さて、この第八話の最後に流れる明るく楽しげなお葬式の祭囃子ですが、エキゾティック過ぎてなんか全く日本っぽく無いですね。『隠し砦の三悪人(1958年)』の火祭りもダイナミック過ぎてとても日本の祭りとは思えないんですけれど、あの音楽センスは一体何処から来ているのでしょうか?。秋田民謡は哀愁のこもったよりは全体的に酒席などで歌う明るく楽しげな曲調が多いらしいとの事ですし、「らっせーらー」に似た掛け声はねぶたっぽい気もするのですが、全体的には日本っぽくない音楽に聞こえてしまい、僕にはその辺ちょっとよく分かりません。黒澤さんは自分の故郷は地球と主張する人ですから、なんか日本に限定されないちょっと変わったグローバルな音楽センスなのかもしれません(ラストでの石の上に一輪のを死者に手向けてからのエンディングではロシアのミハイル・イッポリトフ=イワノフの組曲コーカサスの風景」の中の“村にて”という曲がレクイエム的に使用されます)。

ちなみに黒澤さんはが大好きで仕事後の酒席ではスタッフに輪唱させて指揮をしていたらしい(ここらへんは野上照代さんの『もう一度 天気待ち』の「コンダクター独演」の章に詳しい)です。

またといえば橋本忍さんの(これもやたらめったらと面白い)『複眼の映像―私と黒澤明』という本の中でこんなエピソードがあります。

『隠し砦の三悪人』のシナリオで今井浜の温泉宿「舞子園」に黒澤さんと小國英雄、菊島隆三橋本忍の四人が缶詰めになっていたときの話です(詳細は本を参照頂くとして、以下かいつまんで引用します)。

ある日たまたま食べ物の話になって本当に旨いものは何か?自分たちの子供時代に夢中になって食べたものが一番おいしいのでは...?と、それぞれそれと同じものを作ってみようじゃないか、という話になったそうです。
まずトップバッターは菊島さん。山梨県甲府市出身の菊島さんは貝の佃煮を取り寄せます(なぜ海の無い山梨に貝の佃煮なのかはちゃんと理由があるところがシナリオライターらしい話の巧いところです)。
次は小國さん。青森県八戸市出身の小國さんは塩鮭の頭と大根おろしのごった煮を作ります(これもなぜこの料理がおいしいのかちゃんと理由があるところがシナリオライターらしい話の巧いところです)。
次は橋本さん、橋本さんは兵庫県姫路市の山の中の出身で、お昼の仕事を休んでまで晩飯の食材集めに山に山椒の葉を取りに行く手間をかけ、手の込んだレシピで故郷の村の知恵ともいえる伝統のバラ寿司を作ります(これが本当においしそうな描写なのがシナリオライターらしい話の巧いところです)。
さて次は黒澤さんの番です。黒澤さんの番なのですが二日たっても何も作りません。三日目に小國さんがしびれを切らして催促します。

「黒澤よ、お前は俺の隣の秋田だよな」
「そうだよ、僕は秋田県だよ」
「じゃ、秋田のうめぇもんはいつ作るんだ」
「それが小さい頃に東京に出てきたんで秋田のうまいものは何も覚えていないんだよ」
秋田の物で僕に残っているのは...あのぐらいだな」
?」
「あぁ、祝い事とかなんとかの時には親戚が二、三十人も集まり、酒を飲んで歌うんだよ」
「そのを覚えている?」
「あぁ、うろ覚えだけどね」
「じゃ、それを歌え、うめぇものの代わりだ」

そして黒澤さんはそんじゅそこらの民謡歌手よりも遥かに上手く、無心にただひたすら望郷のを歌ったそうです。

橋本さんは当時書いていた命の次に大事な作品よりもこの時の記憶がいつまでも消えず“時を超え生涯の記憶として鮮やかな懐旧の詩情として残る”と述懐しています。リアル『虎の尾を踏む男達(1945年)』とまではいかなくてもとても面白いエピソードですね。このエピソードを読んだ後で『隠し砦の三悪人』を見ると雪姫の山の民のもまたちょっと違った感慨で聞こえるかもしれません。

他にも『羅生門(1950年)』に関して黒澤さんの『蝦蟇の油』で言っている事と橋本さんの『複眼の映像』で言っている事が微妙に食い違っていて真相はイタコにでも聞かないと藪の中というリアル羅生門な話もあるのですが、長くなりそうなのでこのへんで。未読な方はぜひ両方の本を読んでお確かめくださいませ。 黒澤さんの関連書籍はご本人が面白いせいかどれも映画のように面白いですね。


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