クリント・イーストウッド映画の傾向と対策【拘束・パイロット編】 ~ 『ハドソン川の奇跡(2016年)』

2016年は現在アメリカ映画界最高峰の演出力を誇る映画作家の一人、クリント・イーストウッドの新作が公開されるという幸運な年です。1930年生まれの86歳というのですからアメリカ映画界最高齢かつ最強の映画監督ともいえます。子供の頃から見ていたイーストウッドが今だ現役の第一線で活躍し続けているというのはファンとしては何かそれ自体こそが奇跡と思える程不思議な感じですが、この奇跡がそのままマノエル・ド・オリヴェイラの記録(105歳)を超えるまで続いて欲しいと願わずにはいられません。

クリント・イーストウッド映画の【拘束】の系譜

さて、今ではすっかり巨匠、昔は『ダーティ・ハリー(1971年)』のイメージが強いせいなのかマッチョでタフガイのアクション俳優とみられていたイーストウッドですが、同年製作の『白い肌の異常な夜(1971年)』やこれまた同年の自身の監督処女作『恐怖のメロディ(1971年)』を見ても明白な通り、マゾヒスティックに自身が痛めつけられ拘束される作品が多いというのは既に様々な評論で指摘されていることです。

特にそのことが顕著なのは若かりし頃のチャーリー・シーンと共に活躍するあぶ刑事バディ物『ルーキー(1990年)』という作品です。 ソニア・ブラガ演じる盗賊団の女メンバーがイーストウッドを椅子に縛り付けて、手錠で後ろ手を繋いで身体の自由を奪って拘束したまま陵辱してビデオに撮られるというイーストウッド的にはかなりオイシイ倒錯的なシーンは、『白い肌の異常な夜』以降彼が演じてきた拘束される男というイーストウッド映画を象徴するシーンかと思います。

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また『荒野の用心棒 (1964年)』から『ガントレット (1977年)』から『グラン・トリノ (2008年)』に至るまでイーストウッドは自身(あるいは鉄板)に弾丸を受けるという受動的に耐えるアクションを行う人物を演じてきました。これも特に改めて指摘するほどのこともなく、ロバート・ゼメキスなどは『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3(1990年)』でクライマックスの伏線のネタにするくらい有名なイーストウッド映画を象徴するシーンであります(そういえばマーティは自分をイーストウッドと名乗ってましたっけ)。

つまり拘束されること、受動的に耐えるアクションを行うこと、これらはイーストウッドドン・シーゲルセルジオ・レオーネから受け継ぎ、さらに自身の作家的資質のバックボーンとして絶えず見え隠れさせている顕著な性癖というか傾向なのです。

そしてさらにその傾向を決定づける職業の作品が存在しています。

クリント・イーストウッド映画の【パイロット】の系譜

1982年に公開されたファイヤーフォックス はそのクライマックスの特撮を『スター・ウォーズ』のジョン・ディクストラが担当したということもあり、当時はイーストウッドがSF?といぶかしがられ、トンデモ映画とも言われていた名(迷?)作ですが(正直僕もクライマックスの”Think in Russian”がオビ・ワンの”Use the Force, Luke.”のパロディになっているシーンは苦笑してしまいます)、今ではイーストウッドがなぜ自らこの原作に惚れ込んで製作・監督・主演を兼ねたのかが良くわかります。なぜならこのベトナム帰りのトラウマ持ちの主人公はコックピットという閉鎖空間内の椅子に縛られて拘束されるパイロットという職業ですし、しかもその戦闘機ファイヤーフォックスの眼玉機能が「思考誘導装置」を用いて体を動かすことなく拘束されたまま受動的に耐えるアクションを行うという設定だからです。まさにこのコックピット内に拘束されたままアクションを行うという点においてこの映画はまぎれもなくクリント・イーストウッドを象徴する映画になっています。

しかも当時ではトンデモ技術であった脳波による思考誘導飛行も現在では既に現実化されつつありますので、もうトンデモ映画などと言う事は許されません!。

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さらにもう一本クリント・イーストウッドパイロットを演じた映画が2000年製作のスペース カウボーイです。この『ライト(ripe?)・スタッフ』な老人達がアルドリッチの映画みたいに活躍する痛快な娯楽映画においても同様の傾向が見受けられます。

例えばこの映画の前半では遠心分離機のようなフライトシュミレーターの中に拘束されてトミー・リー・ジョーンズと共にお互い顔が歪んで気絶するまで耐えるアクションシーンがありますし、さらに後半では宇宙空間の中で宇宙服という自由な動きが拘束される状況での活動が余儀なくされます。フライトシュミレーターや不自由な宇宙空間の中に拘束され、耐える男。これもまさしくイーストウッド映画を象徴する映画です。

という訳でイーストウッドは定期的にパイロットを主人公にした拘束されて耐える男の映画を撮るのですが、今回の『ハドソン川の奇跡』もまさにその傾向を継承したイーストウッドらしい映画になると思われます。最近はイチローのようにヒット(あるいはホームラン)を打って当然みたいな有り難みが麻痺しているイーストウッド映画ではありますが、主に裁判劇と言われている今回の映画のパイロットは一体どんな拘束をされて耐える男として描かれるのかという事を密やかな愉しみの一つとして劇場に足を運んでみてはいかがでしょうか。

《眉間に皺を寄せて耐える男》 http://150597036.r.cdn77.net/wp-content/uploads/2010/07/firefox000041.jpg

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