アンソニー・マン/フィルム・ノワール(仮想)映画祭: 第一夜

(仮想ですよ。念のため)

以前は輸入盤や特殊な機会での上映でしか見ることができずになかなかその全容を把握出来なかったフィルム・ノワール時代のアンソニー・マンですが、今では数千円払えば字幕付きのDVDが簡単に手に入るようになりました(さらに画質さえ気にしなければ何本かはyoutubeでも試聴可能になっています)。

この1940年代後半というほんの数年間の限られた期間に集中して作られた映画史の秘宝ともいうべきこのフィルム・ノワールは今見返してみてもロストテクノロジーで作られたオーパーツの如くその輝きを失っていません。ということで将来的にはちゃんとした映画祭/特集上映が劇場で開催されることを妄想しつつ、ささやかながらブログ上でアンソニー・マンフィルム・ノワール(仮想)映画祭」を勝手に開催したいと思います。


『脱獄の掟(ひどい仕打ち) / Raw Deal /(1948年)』

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まずアンソニー・マンフィルム・ノワールの中で何としても最初に僕がお勧めしたいのはこの作品です。だいぶ前に劣悪な画質の輸入盤で英語も分からず見たのですが、それでも一目見てこれは紛れも無い傑作(この言葉は軽々しく使ってはいけないと思うのですが、今がその時です)だと分かりました。これは前年の『Tメン』から始まった撮影監督ジョン・オルトンとの最強コンビによる技術的達成度が既に完成されていることが画面の隅々からほとばしっている究極のノワール映画です。

後にジャンル問わずオールマイティに才能を発揮する職人監督アンソニー・マンによる人物を前景に捉える縦の構図とハリウッドを代表する光と影の彫刻家ともいえる天才撮影監督ジョン・オルトンとのコラボがワンカットワンカット毎に高密度なノワール的映画空間を生み出して見る者を圧倒します。

特にオルトンは少ない照明で深い印影コントラストを造形する絵作りに長けており、キャッチライトスモークの中の逆光を活かすといったような低予算/短撮影期間を逆手に取った効果的で印象的な撮影効果を生み出す天才であります(言うまでもなく『ビッグ・コンボ暴力団)/The Big Combo(55年)』の撮影も素晴らしいです)。

この二人の類い稀な技術によって生み出された第一級の工芸品のようなノワール映画の単純な美しさはアライアンスピクチャー制作、イーグルライオン社配給のマイナーな79分の低予算B級映画のモノクロのフィルムの中に全て刻み込まれています。

まず夢幻的な音楽の調べと供に女性のモノローグ(モノローグのたびにこの音楽が流れます)で始まるこの映画は、脱獄囚となるやくざな男とその手助けをする情婦、そして男の弁護士の秘書で人質として同行させられる堅気の若い女三角関係というこれまたノワール的な愛憎関係が絡み合う逃避行物です。

人質となる若い女は森林警備の警官についたとっさの嘘やコテージで殺人犯を助けようとした男の性善性や剥製店でのブレランのレイチェルのような決定的な出来事を経てやくざな男に惹かれます。

やくざな男は新鮮な空気と住む世界が違う若い女のイノセンスを、情婦はやくざな男との新天地での生活を、若い女は住む世界が違うやくざな男の更正と愛を、といったそれぞれが持ち得ることができ無い物を夢見ますが、その夢は一瞬手が届きそうな瞬間の後に脆くも崩れ去ってしまいます。

そしてモノローグの主である情婦のクレア・トレバーが気付いてしまった残酷なひどい仕打ちがその情念の復讐とでも言うべきひどい仕打ちの連鎖によってのサンフランシスコの中で三者三葉の運命のひどい仕打ち循環されて帰結していく単純で美しい映画の帰着点をご堪能ください。 

 

〈人物を前景に捉える縦の構図〉

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〈少ない照明での深い陰影/コントラスト〉 

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 〈キャッチライトによる目への照明効果〉 

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 〈霧やスモークの中の逆光〉 

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『必死の逃避行 / Desperate /(1947年)』

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『Raw Deal』の前年に撮られた巻き込まれ型の逃避行物ノワールです。こちらはジェームス・スチュワートが演じても良いくらいの奥さん思い(新婚四ヶ月で身重)の無実の善人が主人公です(そして適役のギャングはレイモンド・バーで同じです)。

これはフリッツ・ラングの『暗黒街の弾痕(37年)』やニコラス・レイのデビュー作『夜の人々(48年)』のような逃避行物のノワールですが『夜の人々』より一年前に制作されています。製作はR.K.Oで撮影はジョージ・E・ディスカントというのも『夜の人々』と同じです。さらにこの映画には逃避行先の叔母のためにチェコ式の結婚式を挙げるシーンがあります。フィルム・ノワールで幸せな結婚式が執り行われるというのは明らかな死亡フラグとなり得ますし、子供が生まれた時に主人公が妻宛ての死亡保険に入るといった伏線もありますのでラストまで主人公がどのような運命になるのかというサスペンスが持続します。

73分の無駄の無い引き締まった映画で、画面的には敵のアジトでの裸電球での照明効果やラストの対決でのオーソン・ウェルズ張りの天井込みの仰角階段ショットと俯瞰の切り替えしといった見所が多い作品です。

 

〈裸電球での照明効果〉 

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〈天井込みの仰角階段ショットと俯瞰の切り替えし〉

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 (第二夜に続く)