『白夜(1971年)』 ~ 【完全解説】巨匠 ロベール・ブレッソン、ドストエフスキー原作による孤独なオタ男の純愛ラブコメ音響映画

いつのまにか世界初BD化されたものの出荷枚数が少なかったのか転売屋によって値を吊り上げられて一騒動となっていた本作ですが、ようやく定価で購入できるようになったようです(amazonなのに値引き無しですが)。

発売数年後に品薄になって価格吊り上げならいざ知らず、発売直後に高値で売買されるとはさすがシネフィル界のスーパーアイドル、ロベール・ブレッソン大先生(以下ブレ先生と称す)であります。おそらく全国ウン千ウン万もの隠れブレ先生ファンがこの期を逃すと一生手に入らないかも...と購入に殺到した結果なのでしょう。何はともあれ販売が正常化して良かったです。遅ればせながら当方も入手できましたので何か書いてみたいと思います。まぁ、ブレ先生に関しては既に語りつくされた感もあり、僕のような塵芥のような存在が先生に関する批評を弄するなどもっての他かとは思いますが、ちょっとぐらいはいいですよね。

という訳でドミニク・サンダがとても美しい『やさしい女(1969年)』の次に撮られたのがこの『白夜(1971年)』です。原作はこれまた文学界のスーパーアイドル、ドストエフスキー大先生(以下ドス先生と称す)で前作『やさしい女』も同じドス先生の原作でしたので、このころのブレ先生の中ではドス先生大好き祭りだったのでしょう。これで長編作品たった13本のフィルモグラフィーの中の3本がドス先生原作ということになりますね(ちなみに次の『湖のランスロ(1974年)』ではさすがに飽きてしまったのか全く趣の異なる聖杯伝説に基ずくコスプレアクション音響映画を撮られています)。尚、イタリアのルキなんちゃら言うおっさんが同名の映画を撮っているらしいのですが当方は未見のため言及は控えさせて頂きます。


“マルト、マルト、マルト、マルト、マルト・・・”

(しかし一体この映画は何回マルトと言っているのでしょうか。暇な人は数えてみてください。なぜブレ先生の映画では人の名前を呼ぶことが多用されるかについては、この記事の最後を読めば分かります)

まず、この映画のお話ですがとてもシンプルです。ジャン=ピエール・レオのパチもんみたいな顔をしたストーカー気質で夢想癖のある孤独なオタ男の画家ジャックがパリのセーヌ川に架けられたポンヌフ橋で身投げしかけていた美女マルトを助けたことをきっかけにナンパし、いろいろ献身的に尽くして恋が成就しそうになるもあえなく撃沈するという、まぁ、そんな甘い話しはないよねぇ、というある意味『寅さん』的とも『ラルジャン』的ともいえる厳しい現実を叩きつけられるという素晴らしいオチも楽しい純愛ブコメ映画です(しれっとネタバレしてしまいましたが有名古典原作ということでご容赦を)。

尚、ブレ先生が純愛ブコメというと意外に思われる方もいるかと思いますが、映画が舞台を現代のパリに移した程度のアダプトはあっても話はほぼ原作準拠なのでこれは仕方が無いのです(ネット上ではドス先生の原作は電車男みたいと言われています)。あとこの映画しか知らない人はブレ先生ってなんかロメールみたいなインテリでエスプリ溢れる恋愛物を撮るオシャレなフランスの監督なのかしらなんて思われる方もいる(いない?)かもしれませんが、全くその通りでございますので興味をお持ちになった方は騙されたと思ってぜひ他の作品もご覧になって、さらには周りのみなさんにもネズミ講不幸の手紙か新興宗教のごとくブレ先生作品の布教活動に務めて頂ければと思う次第です(一体何の話しだか)。


◆登場人物(モデル)

主要登場人物(モデル)は以下の二人です。シンプルですね。基本動作もシンプルで同じ動作を繰り返します(意外と男女差が出てます)。

<登場人物①>
名称:ジャック
性別:男性
基本動作:歩く(音)、座る、ストーキングする、ベッドに横になる、手で属性を操作する
属性:テープレコーダー(音)、絵筆(音)、手紙
 
<登場人物②> 
名称:マルト
性別:女性
基本動作:歩く(音)、座る、泣く、脱ぐ、立ったまま抱き合う、手を握る
属性:赤いスカート、白いネグリジェ、白いブラジャー、赤いズボン、赤いスカーフ、及び当時のおしゃれなパリのファッション 

 

人物以外でこの映画に登場するのは音響や音楽です。劇伴の無い映画ですが様々な手段を使って音楽が溢れています。実はこちらも重要な登場人物ですね。

<音楽> 

・パリのストリートやセーヌ河川敷の弾き語り音楽

・映画内映画の劇伴

・ラジオの音楽

・バトー・ムーシュの観覧船のバンド音楽 


 

◆構成

この映画の原題は『Quatre Nuits d'un rêveur(夢想家の四夜)』で、原作通り四夜にわたる物語にジャックマルトそれぞれの自身を語る回想エピソードを二つ間にはさむ構成になっています。これも非常にシンプルな構成ですね。それでは以下四夜で何が行われているのかを詳細に聞いてみましょう。

 


序章:<郊外>

指を立てて郊外にヒッチハイクするジャック。郊外ででんぐり返しをしたり鼻歌を歌ったりで始終ご機嫌ですがまわりの家族連れからはキモがられてますよ。夜にパリに戻ってストリートの音楽が聞こえたところでアバン終わってクレジットタイトル表示です。 


第一章:<第一夜>

ジャックがポンヌフ橋で身投げしかけていた赤いスカートを履いて泣いていたマルトを助け、次の夜同じ時間に会うことを約束します。 


第二章:<第二夜:前半>

セーヌ川にはバトー・ムーシュの観覧船が運航しています。

昨日と同じ時間待ち合わせたジャックマルト。二人はお互いの身の上話を始めます。

 

第三章:<回想:ジャックの物語>

人と会わず話もしないジャック。街でみかけた美人をストーキングしてその夢に描く理想の女性の妄想をテープレコーダーに録音します。ベッドに横になって録音したテープを聞いて夢想にふけるあぶないオタ男です。 

学生時代の同級(男)が訪ねてきたりもするのですが、一方的に喋って帰ります。

人は懸命に生きているのに自分は生きる能力もなく単調で退屈な夢ばかりと嘆くニートな午後三時のジャック(うぅ、なんか他人とは思えなくなってきたぞ)。 

第四章:<回想:マルトの物語>

母と二人で父の離婚手当で生活するマルト。自分の隣の部屋を下宿人に貸し出しています。新しく来た下宿人から映画の誘いを受けたが断ってしまい、その後、下宿人からプレゼントされたチケットで母と二人で「私たちへの愛」という映画のプレミア試写会に行きます。映画館の中では映画の銃撃戦の音劇判の音鳴り響きます(映画は恋愛物ではなくギャング物だったのです。騙された)。

ラジオ音楽を聴くマルト白いネグリジェ脱ぐと隣の下宿人の気配を察知してお互いを意識しだします。

イェール大学の奨学金が出て下宿人がアメリカに留学すると知ったマルトは一緒に連れ出してほしいと頼みます。下宿人は無理だと断るものの、(母親がマルト名を呼んで探す中)彼女の服と白いブラジャー脱がせて立ったまま抱き合います。一年後同じ日にまた会うことを約束して二人は別れます。エスカレータにのる下宿人の映像に飛行機の音のみがオーバーラップして一年前の回想終わりです。 

第五章:<第二夜:後半>

 一年経ったのに彼がこないと泣くマルト手紙で彼に思いを伝えればいいとアドバイスするジャックストリートには”Oh、Oh、ミステリーガール”と歌う弾き語りのロッカー。マルトは既に手紙を書いており、手紙を彼の友人に渡せば明日返事がくるはず、ということで手紙の配達人を引き受けるお人好しなジャック

翌日手紙を届けるジャック。バスの中でテープレコーダーに吹き込んだ”マルト、マルト、マルト、マルト・・・”を聞いて、まわりからドン引きされます。 


第六章:<第三夜>

手紙を届けたジャックにあなたは大切なお友達で兄弟よとマルトにやんわりとアッシー君扱いされるかわいそうなジャック。今日の出来事と妄想を語り始めます。

「...すると突然時が止まり、ただ一つの感情だけ・・・、忘れていた調べが聞こえた。甘いメロディだ。ずっと待ち続けていた調べ

と言いかけると口笛の音とともにバトー・ムーシュのセーヌ川観覧船が突如出現。中からボッサジャズっぽいバンドの甘いメロディ音楽が聞こえてきます(歌謡映画の如く船が去るまでまるまる一曲音楽シーンが続きます)。

恋人から手紙の返事がこないことに泣くマルト。誠実なジャックに惹かれ始めますが明日まで手紙を待つことにします。

翌日再度出かけて手紙が届いたか確認するジャックですが、頭の中はマルトでいっぱい。店の名前もマルト、船の名前もマルト、ついには公園で抱き合うカップルを物欲しげにガン見してしまいますが、ハトのポッポ録音して気を静める孤独なジャックです。


第七章:<第四夜>

恋人から手紙の返事がこないことに憤りを感じたマルトは誠実なジャックとの愛を誓い、二人は立ったまま抱き合います。セーヌの河川敷では女性フォークデュオがギターと笛で弾き語りしています。

二人はカフェに入りマルトはテーブルの下でジャックを握りしめます(この映画で一番エロティックなシーンです。何故を握るだけでエロいのかはブレ先生映画の謎です。まぁ、たいがい先生の映画はエロいんですけどね)。店を出てジャックは赤いスカーフマルトにプレゼントします。ストリートには弾き語り男性ギタリストが音楽を奏でています。

その音楽の中でジャックは美しく輝く月をみつけ、その美しさをマルトと共有しようとしますがマルトは恋人を見つけてジャックに別れを告げます。
次の日ジャックはその夢とも現実ともつかぬ一生に一度のマルトとの愛をテープレコーダーに吹き込み、そのテープを再生しながら絵筆を振うのでした。 


いかがでしょうか。非常にシンプルで分かりやすい映画ですね。上映時間も83分と短いです。だいたい基本動作とその属性だけで出来ているような映画です。シンプルな音響にシンプルな映像、美しいモデル(俳優)達、一体これ以上映画(シネマトグラフ)に何を求める必要がありましょうか。たったこれだけの演出で不断に濃厚で芳醇な映画空間が誕生する瞬間に立ち会えるのです。最後にブレ先生の音と映像に対するスタンスを引用しておきます。この映画をご家庭で鑑賞される場合はぜひ音響を大きくして、その至福の瞬間をその耳と目と想像力でご堪能ください。

音は映像よりずっと創造的だ。音は映像を創造することができるが、その逆はできない。機関車の汽笛を聞いている人は、汽車を心に描くことができるが、彼が機関車を見ている時は機関車の汽笛を思い浮かべることはできない。私が映像より先に音を選ぶのは、観客の想像力を開かれたままにして、仄めかすというたいへん難しいことを実現させる可能性を私にもたらしてくれるからだ。