2018年映画ベストテン

今年は小津やラングやアルドリッチベルトルッチといった旧作ばかり見ていて、ますますもって新作チェックを怠り浮世の流れがつかめなくなってしまいましたが、数少ない新作鑑賞の中で印象に残ったものを挙げてみます。おそらく映画のデジタル化の恩恵によってもたらされたよりパーソナルな映画 — それがささやかな個人映画であれ、ハリウッドの大作であれ — どれも個人が世界と対峙する世界観をもった魅力的な映画達を選んでみました。 

【番外編】サッカーワールドカップのVAR(Video Assistant Referee)

いきなり番外編でしかも映画の話ですらもありませんが…。今年見た映像の中で一番印象に残った映像はサッカーワールドカップで審判がイヤホンからの指示で何度も試合を中断してヴィデオを確認し、ジャッジが覆えってしまう事が何度もあったというVARの光景です。今までの審判による曖昧で人間的な判断が如何にいい加減で不確かなものであったのかという事が露呈され、ヴィデオ映像による時間の巻き戻しによって公平で正確なジャッジがなされるという事態は非常に痛快かつ滑稽で人類の未来を示唆する光景でありました。こうした人間以上の機械的な存在によって今までの人間社会の無駄で不正な行為が修正され、徐々に合理的で公平公正な社会に移行していくと考えるのは楽観的すぎるのでしょうが、今まで映画で描かれてきたディストピア的な世界もまた悲観的すぎる気もします。今後さらにAI(今はなんちゃっての名前だけですが)によるシンギュラリティ社会に到達すると、理不尽で無能な政治家や上司達に変わって人間以上に仕事ができるAIによって今よりもずっと公平公正な社会が訪れるかもしれません。いずれにせよ将来は我々もイヤホンから機械に指示されるという人間としては面白くない事態が訪れるにしても、昔に戻るよりはまだマシだよね?と思える未来に向かって突き進んでいくのではないでしょうか(というか今の出鱈目な日本の政治状況はMAGIシステムにでも任せた方がまだマシですよ、ねぇ?)。 

 

…などという、どーでもいい話はさておいて

 


【第1位】『霊的ボリシェヴィキ高橋洋監督

2018年ベスト10という事で「No.1は誰だ?」という事を考えてみますと、やはり今年見た映画で一番強そうな映画を選んでみたいと思います。映画の強度という点に関しまして、今年はこの映画がダントツで最強(恐)でした。「結局一番恐いのは人間だ」なんて常識的な事を言おうものなら、ガツンと一発文字通り殴られてしまうという、絶対的な強度と衝撃が全編にわたって一瞬も弛緩することなく展開されます(上映時間が72分というのも最強です。個人的には今後72分以上の無駄に長い退屈な映画に関しては”NO MORE 映画泥棒”さんに逮捕してもらって罰金又は懲役の刑に処して欲しいくらいです)。そしてこの映画は実に怖い。怖い映画でもありますが、唐突に、そして高らかに歌われる「ボリシェヴィキ党歌」に接した時の映画的興奮と衝(笑)撃を忘れる事はないでしょう。 

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降霊術映画の系譜として上からドクトル・マブゼ(1922)、恐怖省(1944)、怪人マブゼ博士(1960)、霊的ボリシェヴィキ(2018)

【第2位】 『エルサレム路面電車アモス・ギタイ監督

東京フィルメックス(消滅の危機が回避されて本当に良かった!)で見たアモス・ギタイの最新作です。舞台を市電のみというグランドホテル形式よろしく限定し、ある時はリュミエールのように生々しく、ある時は溝口のように用意周到にワンシーンワンカットで描写しているという驚愕の作品です。そこにはエルサレムの雑多な言語や宗教の『フェイシズ』達、あるいは様々なジャンルの音楽達や到着アナウンス音といった自然音達で彩られます。当然政治色の強いエピソードもあったりしますが、理想主義的にリアルでカオスな映画的虚構として戯れているところが魅力です。 

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真っ赤なロングマフラーもおしゃれなアモス・ギタイ監督

【第3位】『ペンタゴン・ペーパーズ』スティーヴン・スピルバーグ監督

年々確実に悪くなっているであろう世界の政治情勢の中で、スピルバーグが生来の早撮りの素質を生かして『レディ・プレイヤー1』(これも良かった)の合間にこのような神、いや紙映画を撮ってくれた事は、映画にとってこの上なく幸運な出来事であったように思えます。タイプライターから機密文書へ、機密文書がコピー用紙に、コピー用紙がダンボール箱に、レモネードは紙幣に、床一面の文書は原稿用紙に、原稿用紙は写植に、写植は輪転機へ、そして最終的には新聞紙へ、と人の手と指を介して突風に舞い上がる新聞紙を見るのはこの上なく幸福な映画的瞬間でありました(ちなみにリドリー・スコットの『ゲティ家の身代金』でも似たシーンがありましたが、あれも良かった)。

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タイプライターから機密文書、コピー用紙、ダンボール箱、原稿用紙、写植、輪転機

【第4位】『15時17分、パリ行きクリント・イーストウッド監督

ジョン・フォードが何かモノを投げるアクションばかりを撮っている監督とするならば、イーストウッドは走る(あるいはランニングする)アクションばかりを撮っている監督という事になるのではないでしょうか。そしてこの『15時17分、パリ行き』ではほんの一瞬ですがその現在進行系のアクションの最新形を体験することができます。 

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ダッシュする瞬間のアクションがたまりません!

【第5位】『ハン・ソロロン・ハワード監督

トラ・トラ・トラ!』(1970年)の黒澤降板の代打の如く、ますますハリウッドでフライシャー的な立ち位置を獲得してしまったロン・ハワード敗戦処理とはいえ45年前『アメリカン・グラフィティ』(1973年)で、当時役者としては自分より格下の端役で同じ映画に出ていたハリソン・フォードの後年の当たり役「ハン・ソロ」を演出するなどとは夢にも思っていなかったことでしょう。ホースオペラとスペースオペラが同義的に語られるようにロン・ハワードの新作は(それがどの部分が自分のモノであるかの作家的刻印を透明にして)TV的で退屈な本家を尻目に古典的に西部劇的な、或いは正統的にリイ・ブラケット的なスペ―スオペラを作り上げたという事に驚きを禁じ得ません。尚、フライシャーの『スパイクス・ギャング  』(1974年)とドン・シーゲル『ラスト・シューティスト』(1975年)という二本の西部劇の無意識で潜在的な影響に関しては、以下の素晴らしいインタビュー記事をご参照ください。

jp.ign.com

  

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ほとんど西部劇ですね!

【第6位】『大人のためのグリム童話 手をなくした少女セバスチャン・ローデンバック監督

これは前代未聞の映画ではないでしょうか。ピクチャーがモーションしてフォルムが活き活きとメタモルフォーゼされるのであれば、それはモーションピクチャーともアニメ―ションとも呼ばれる代物なのでしょうが、この文字通り前代未聞でユニークなフィルムが一体何なのかを語る言葉を私は持ちません。短編のアートアニメならいざ知らず、76分の長編で驚異の即興一人作画が繰り広げられていきます。 水の映画としても秀逸。

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奥さんがアーティスト・イン・レジデンスでイタリア滞在するのに乗じて殆どヒモ状態の一年間で作ったらしい

【第7位】 『寝ても覚めても濱口竜介監督

今は21世紀なんだから20世紀の映画を踏まえて21世紀の映画は作られるべきだと思うのですが、なかなか21世紀である必然性を感じさせてくれる映画に出会う事は少ないです。この最新作を含めた濱口監督の作品はそうした数少ない21世紀の映画と出会うレアな瞬間を不断に感じさせてくれます。溝口とも増村とも成瀬ともまた違う濱口監督の新たな(女性)映画が作られる事を今後も期待します。

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原作者によると麦は宇宙人であり、彼は地球に感情を学びに来て、学んでいる途中なのだという裏設定があるらしい

【第8位】『共想』 (英題『Wish we were here』)篠崎誠監督 

シナリオも殆ど無くエチュード/即興的に撮られたという3.11以降を描いた題名通りの中編で、(生者であろうと死者であろうと)人と人が共に想えばその距離は物理的に無効化されてしまうという優しい世界のささやかな映画です。殆ど点のような後景の人物と前景の人物が共に移動撮影でカメラに捉えられ続け、徐々に一歩ずつ距離を縮めていったり、急に一瞬で距離が無効化されたりと『おかえり』と地続きのユニークな映画空間に魅せられました。

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フーパーともローグとも違うデジタルの赤色も印象的

【第9位】『FUGAKU1/犬小屋のゾンビ』青山真治監督

本当はこれは今年じゃなくて2014年の30分くらいの作品(「FUGAKU」三部作の一遍)なのですが、今年劇場で見た映画の中で一番奇想奇天烈な映画でしたので、無理やりここに入れておきます。この映画がどのくらい奇想奇天烈な映画かと申しますと、未知との遭遇のマザーシップか白夜の遊覧船のように電飾をピカピカにまとったゴダールのプラッギー教授か白痴侯爵殿下みたいな道化たピカピカ教授が、生ける屍の娘を16mm映写機とフィルムの切れ端を用いた実験で黄泉がえりを企み、肉体の門ラ・ラ・ランドみたいな原色ワンピースを着た幽霊がそこかしこに出没して、マイケルのスリラーみたいなゾンビのモブが踊りまくるという、まぁ、一言でいえばそんな映画です。多摩美の授業での制作とのことでかなりリミッターが外れた感はありますが、本来の8ミリ映画的なフットワークの軽さと相まって今も青山さんが映画の最前線で挑発されている姿を見れる刺激的な映画となっています。   

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デジタル撮影なのに映写機回してるシーンはアミール・ナデリの『マジック・ランタン』でもありました

【第10位】『わたしたちの家』清原惟監督

芸大の卒業制作映画との事ですが、その完成度に驚かされました。一人二役ならぬ一家二役という斬新な設定が誰も見た事、聴いた事がない日本映画を生みだしたという点にも感服しました。非常に耳の良い女性監督で音響設計も良く、これからの活躍が楽しみな監督です。

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覚えておきましょう清原惟監督

 


【旧作その1】『アラン・ロブ=グリエ レトロスペクティブ』アラン・ロブ=グリエ監督

あぁ、世の中にはこんな映画作家が存在するのかと思い知らされる事が度々あるのですが、恥ずかしながら今年初めてみたアラン・ロブ=グリエ の作品群もそんな衝撃をもたらしてくれる映画作家でした。有名な作家の監督作品というとなんか余技的な感じがしますが、彼の映画はそれ自体のみで本当に素晴らしい。まるで今時のゲームのようにパラメータを少しずつ変更して反復と位相をずらし続け、アナログな映画がショット毎に生まれ変わり、横滑り的に快楽を体験させてくれる様は21世紀の現代においてこそふさわしい映画体験だと思われます。そしておそらくこの人はオブジェクト指向的な理系脳を持っていて、今生きていたら斬新で画期的なゲームアプリでも作ってくれていたのではないかと思わせてくれます。ただ、オブジェクト指向はバグを少なくするためソースを最小限にする省力化の技法なんですけど、これをアナログな映画でやるとソースやバグが更に増えてしまい、かえって混沌を招いてしまうという(笑)。 

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ARG、それはエデンに集いし不滅の囚われた美女をヨーロッパ横断特急に乗せて快楽を漸進的に横滑りさせるという嘘をつく男(嘘です)

【旧作その2】『ティグレロ 撮られなかった映画』(1994年)ミカ・カウリスマキ監督

トーキョーノーザンライツフィルムフェスティバルでの一本。サミュエル・フラー監督が1954年にジョン・ウエィン主演で製作しようとして実現しなかった映画『ティグレロ』に関して、ジム・ジャームッシュと共に以前ロケハンに訪れたブラジルのカラジャ族の土地を再度訪ね、その過去と現在を映し出すロードムービードキュメンタリー映画です。監督・製作・脚本・編集はミカの方のカリウスマキで、この面子が揃って面白く無い訳がないという、動くフラーとジャームッシュを見るだけでも非常に贅沢で面白い映画です。映画祭上映という事で特殊な機会でしか上映されていないようなので認知度低いかもしれませんが、ぜひソフト化されて多くの人に見て欲しい作品です(ベルトルッチの『ドリーマーズ』(2003年)にも本作で撮られた映像が『ショック集団』(1967年)の一部として少し流れています)。

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このメンツがそろって面白くない訳がない!

以上2018年映画ベストテンでした。

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