ニコール・キッドマン主演で話題の『アラビアの女王 愛と宿命の日々 / Queen of the Desert (2015年)』の近日公開(1月21日(土)より新宿シネマカリテ、丸の内TOEIほか)を記念して、狂気を描かせれば右に出るもののいない巨匠ヴェルナー・ヘルツォークのおすすめ作品をご紹介したいと思います。
ヴェルナー・ヘルツォークに関して
ヴェルナー・ヘルツォーク(Werner Herzog、1942年9月5日 - )はヴィム・ヴェンダース、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーらと並んでニュー・ジャーマン・シネマ(主に1970年代に台頭してきた斬新で非商業的な映画を撮る若手の総称。簡単に言うとドイツのヌーヴェル・バーグみたいなもの)の代表的な監督です。
ニュー・ジャーマン・シネマと一括りにされてはいますがヘルツォークはヴェンダースやファスビンダーのような映画からの影響が大きいシネフィルではなく、音楽からの影響の方が大きい、この三人の中では突出して異色な映画作家です。いや、この人の場合映画作家というよりは映画の枠を超えた誇大妄想的な探検家と言った方がふさわしいのかもしれません。
というのもこの人の初期の映画の特徴の一つとして、世界不思議発見的というか川口浩探検隊的に南米とかアフリカの驚異の大自然をゲリラ的に命がけでロケーションして、ジョン・ヒューストン的な狂気と欲望と挫折の物語を描く映画が多いからです(そして主人公はたいてい何かにとりつかれているかのように狂ってます=キンスキーが主役の場合)。
よって純粋な映画しか認めない映画原理主義者からは眉唾的な扱いをされていますが、その唯一無二の個性は同業の映画監督や好事家からは高い評価を受けています。
そして最近ではハーモニー・コリンの映画やトム・クルーズの『アウトロー(2012年)』に役者として出演したり、英語版『風たちぬ(2013年)』のカストルプの声優をやったり(怪しいドイツ人だから?)とちょっとよく分からない八面六臂な謎の活躍をしている不思議な人です。
それではヴェルナー・ヘルツォークの50本以上もあるフィルモグラフィー(未公開が多く見ていない作品の方が多いのですが)の中から彼の代表作とも言えるおすすめ作品を5本、年代順でお送りします。
(危険の似合う男、それがヘルツォーク↑)
『アギーレ/神の怒り / Aguirre, der Zorn Gottes (1972年)』
1560年、スペイン人が伝説の黄金郷『エル・ドラド』を目指してアマゾンの『闇の奥』に川を下って『王になろうとした男』の話です。『地獄の黙示録』を低予算のドキュメンタリーにしたような映画でもあります(逆か)。低予算とはいっても現地(ペルーのマチュピチュ)のロケーションが圧倒的な効果を上げている作品です。
次第に狂気に駆られる分遣隊副官アギーレを演じるのは13歳からヘルツォークとつきあいのある怪優クラウス・キンスキー(信じられないけどナタキンのパパ)。音楽はジャーマン・アンビエント・プログレのポポル・ヴーでこの黄金トリオの作品は後も続きます。
この映画は2005年にタイム誌が選ぶ歴代映画ベスト100にも選出されており、ホウ・シャオシェン(侯孝賢)とエドワード・ヤン(楊德昌)もオールタイムベスト10に入れているほどの禍々しい傑作です。
あとこれは余談になりますが、スタッフと対立して途中で降板しようとしたキンスキーに対してヘルツォークが(実際に銃は持っていなかったのですが)”君の頭に8発撃ち込む。9発目は私を撃つ”と脅迫して引き留めた、といった愛憎仲睦まじいエピソードがやたらめったらと面白い傑作ドキュメンタリー『キンスキー、我が最愛の敵(1999年)』も合わせておすすめします。
『シュトロツェクの不思議な旅 / Stroszek (1977年)』
こちらは現代を舞台にした不条理ドラマです。これも淡々としたドキュメンタリータッチなのですが『ストレンジャー・ザン・パラダイス』のようにオフビートで乾いたユーモア(ジャームッシュのように都会的では全くありませんが)があり、スプーキーでシュールなラストがあっけに取られるなんともいえない余韻を残す映画です。
デビッド・リンチがこの映画をオールタイムベスト10に入れていますので 似た者同士何か相通じるものがあるのでしょうね。
『ノスフェラトゥ / Nosferatu: Phantom der Nacht (1979年)』
ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』ではなくF.W.ムルナウの『吸血鬼ノスフェラトゥ(1922年)』をリメイクした映画です。クラウス・キンスキーがムルナウをまんま継承したような白塗り爪長のノスフェラトゥを演じます(別にメイク無しでも十分怖い顔ですけど白塗りメイクでさらに怖さ倍増です)。ブルーノ・ガンツがジョナサン・ハーカー、イザベル・アジャーニが婚約者のルーシー・ハーカー(ブラム・ストーカーの版権が取れなかったためミナではなくて微妙に違う)、そしてレンフィールドをなんとあのローラン・トポールが怪演しています。
トランシルバニアへ向かう途中経過の自然描写、及びいろいろ問題を起こしたらしいネズミ(一万二千匹用意したがその半数は死亡)のシーンが圧巻です。
『フィツカラルド / Fitzcarraldo (1982年)』
19世紀末の南米ペルーの奥地でオペラハウス建設を夢見るキンスキー扮するフィツカラルドが資金繰りのために無尽蔵のゴムの木を有するアマゾン河上流の未開の地へと挑みます。ジャングルにカルーソーのオペラが流れ、船が山を登ります(どのように舟が山を登るのかは見てのお楽しみです)。命がけで撮影されたスペクタクル映画として見ても普通に面白い映画です(撮影時に船が流され崖に衝突した際にはキャメラからレンズが飛び出し、キャメラマンの手の指の間が裂けた程の大怪我をしたのにヘルツォークは平然と”君が船が衝突する前に逃げたのは残念だ”となじり、さらにここぞとばかりに命知らずの川岸にいたクルーとキンスキーを船に呼んで撮影を進めたとか)。
あと、この映画は当初ミック・ジャガーとジェイソン・ロバーツで撮影が進められていたのですがジェイソン・ロバーツ病気のため二人とも降板、代役でクラウス・キンスキーが主演しています。そしてこれも余談ですが、癇癪持ちで奇行の多いキンスキーに怒った原住民がヘルツォークに”あなたのためにあの男を殺しましょうか”と相談を持ちかけたのですが、”撮影には彼が必要だ、残しておいてくれ”と断ったという愛憎仲睦まじいエピソードがやたらめったらと面白い傑作ドキュメンタリー『キンスキー、我が最愛の敵(1999年)』も合わせておすすめします。
『狂気の行方 / My Son, My Son, What Have Ye Done (2009年)』
デビッド・リンチが製作総指揮の実話の映画化です。まぁ、類は友を呼ぶということでしょうね。しかしこれはおそらくリンチは資金提供だけで100%ヘルツォークの映画と思われます。ウィレム・デフォーが刑事の役で準主演なのですが日本では地味な邦題でビデオ公開のみの映画です。精神に異常をきたし、母親(ツイン・ピークスのグレイス・ザブリスキー)を殺害して人質を取って家に立て籠った男をその周辺の人物の証言の回想によりドキュメンタリータッチで描きます。主人公の狂気をリアルに描くのですが、リアル過ぎてちょっと笑える変な人の変な映画になっています(特にラストのオチに脱力です)。
(↑卓上のピンクフラミンゴの置物に注目です)
他にも色々とあるのですが最近はドキュメンタリー(NetFlixで火山ものとか)や実話の映画化が多いようです。とはいえ実話といってもヘルツォークの手にかかるとお伽話的に寓話化(夢で赤い蟹の大群を見るとか)されてしまうので全く油断なりません。
今度の新作も実話の伝記物らしいのですが、できればタイトルに騙されて見にきた人々を狂気のズンドコに陥れるような映画になっていること期待しています。いや、タイトル通りの映画であったとしても僕は一向に構いませんけどね。
何れにせよ封切りが非常に楽しみな映画で要チェックです。
以上、巨匠ヴェルナー・ヘルツォークのおすすめ作品5選でした。