2023年映画ベスト10

①ファースト・カウ(2019)

随分と待たされて期待値MAXになっていたけれど、これはその期待を超える傑作でした。ある意味ジョン・ヒューストン的ともいえる西部劇としてはよくある一攫千金の題材が、ケリー・ライカートの手にかかるとマチズモとは真逆の印象で今まで誰にも語られていなかった未知の映画として21世紀に現出してしまう驚き。ショット/その連鎖の編集、先行する音響/アンビエントな音楽、スタンダード画面内に現れるフレーム内フレーム/フィクスとパンで被写体を的確に捉える撮影/映画館のみでしか体験できない夜の闇の黒さを再現する色彩、いずれもハイレベル且つライカートの比類無き個性が際立つ素晴らしい作品です。

フレーム内フレームで描写される家事労働

タイトルにもなっている主要キャストの寡婦の牝牛はキャストクレジットによるとEvieというちゃんとした個人(牛)名がついている

①フェイブルマンズ(2022)

完成度では今年一番。トリュフォー的繊細さとユスターシュ的残酷さとデ・パルマ的流麗さを併せ持ち、映画と現実は違うという至極当たり前の事を映画を撮る事(を撮る事)によって、トラウマを克服するセラピーのように証明する業の深いスピルバーグ。どこまで現実でどこまで脚色されてるかは知る由もありませんが、リンチの快演とユーモラスなラストに救われます。

尚、『宇宙戦争』(2005)を見直してたら、テレビのザッピングで一瞬『地上最大のショウ』(1952)の列車衝突シーンが引用されており、自身のルーツと到達点の双方を垣間見せてくれます(本作を見ていなかったらすっかり見落としていたところですが)。


③イメージズ(1972)

ウインドゥチャイムや電話のベルが不穏に鳴り響く上に童話のナレーションやツトムヤマシタのパーカッションの音響も重なって不穏さ倍増、さらに倍、というハイレベルな恐ろしさ。”壊れゆく女”の情緒や心理といった脆く不可視のものが、錯視として二重三重に可視化されては破壊されていく様が素晴らしい。「ローバート・アルトマン傑作選」のおかげ見れた作品ですが、その名の通りの傑作でした。



④クライムズ・オブ・ザ・フューチャー(2022)

最早最後の現役ホラーマスターとなりつつも、老いてますますお盛んなクローネンバーグ(御年80歳)。今回は映画監督というより発明家としての才能を存分にに発揮しており、内臓的なシン・家具/シン・手術具と革新的なシン・セックスとシン・人間を変体(変態?)的に進化させて具現化しているのだから全く手に負えないマスターである。

バカンティマウス(耳ネズミ)の実験が発表されたのが1997年で、脚本は1990年代の終わりごろに書かれたとの事なので、耳男のアートは明らかに現実のニュースから影響を受けて発想されたものと思われる。

 

君たちはどう生きるか(2023)

既に前作が有終の美を飾るスワンソングだと思っていたので、今回の新作は(出涸らしといえども)宮崎フェチ満載の集大成的なボーナストラックとして嬉しい。あと『王と鳥(やぶにらみの暴君)』(1952)がジブリの原点という惹句があながち嘘ではなかったという事が分かる原点回帰。恐らく日本映画界最後の巨匠最後の作品になると思うが、『崖の上のポニョ』(2008)よりも死と神経衰弱が色濃く反映されつつ、児童文学的な生の祝福に帰結。半自伝のメタ的には嘘付きだが友達の鷺=鈴木敏夫に、頭が良く完全主義の大叔父=高畑勲の継承を拒み、インコ王=出資者をも解放し、一矢を報い得る宮崎駿(御年82歳)

『死の島』(ドイツ語: Die Toteninsel)は、スイス出身の画家アルノルト・ベックリン1827年 - 1901年)の代表作の絵画

④ メニュー・プレジール~レ・トロワグロ(2023)

安定のフレデリック・ワイズマン(御年93歳)品質による食と人に関するドキュメンタリーで、240分があっと言う間の面白さ。市場から始まり素材やメニューの選択から家畜のライフサイクル、チーズの製造、ワインの薀蓄に至るまで話題は深掘られ、ワンカメラ視点で現実と映画の境目が無いのではと錯覚させる程にリアルな映画空間。



⑦リンダはチキンがたべたい!(2023)

前作の『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』(2016)も凄かったけどこれも凄い。人物なんてたった1色で、線も一部だけのミニマリズムなのに、生き生きとした運動のみが描写されるというアニメーション本来の素晴らしさ。小さな事件が波紋を呼ぶスラプスティックコメディ(一部ミュージカル)映画としても楽しい。

リアルに寄った複雑でつまらない絵を見せららるより、この単純さでも生き生きとした絵を見ている方が楽しい

⑦オオカミの家(2018)

二次元のペイントアニメと三次元のストップモーションアニメが相互越境しつつ、その過程がライブペイントのように絶えず生成され(実際エキシビションとして公開してたらしい)、更に『ロープ』のように全編ワンカットに見せるという、正気の沙汰とは思えないほどに作りこまれた作品。既成メディアのジャンルを横断しつつ、全く新しいモノなのにメリエスの末裔を現代に垣間見るかの如き映画の考古学的恍惚。

二次元の手書きの紙風船が投げられると三次元の紙風船に変換されるメリエス的瞬間
『オオカミの家』の制作にあたって、二人の監督が自らに課したルール

1. これはカメラによる絵画である
2. 人形はいない
3. 全てのものは「彫刻」として変化し得る
4. フェードアウトはしない
5. この映画はひとつの長回しで撮られる
6. この映画は普通のものであろうと努める
7. 色は象徴的に使う
8. カメラはコマとコマの間で決して止まることはない
9. マリアは美しい
10. それはワークショップであって、映画セットではない

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⑨バービー(2023)

一貫して女性による女性映画によって映画史を塗り替えている感のあるグレタ・ガーウィグ。今回は伝統のWBロゴさえもピンクに塗り替えてしまうという徹底振り。王道ミュージカルコメディの体で、男性中心社会に強烈な批判を浴びせ、毒ある風刺で笑わせるのも古典正統派ハリウッド娯楽映画として素晴らしい。

春画先生(2023)

そういえば献身的な愛がブニュエル的というかSM的な関係性をもたらすのはデビュー作である『月光の囁き』(1999)と同様だなと思いつつ、ほぼ固定画面の的確な連鎖に歩道橋の移動ワンショットや安達祐実にカメラが寄った後の画面の黒さといった映画的欲望の技術的達成度が、今では時代錯誤的な贅沢かつ貴重に思える。



以上2023年映画ベスト10でした。