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『ハドソン川の奇跡(2016年)』 ~ クリント・イーストウッドによる四層構造を自由に横断するミルフィーユ映画

映画 2010年代 アメリカ映画

ハドソン川の奇跡』に関して前回は見る前に書いたので今回は見た感想を書きます。 

callmesnake1997.hatenablog.com


結論から申しますといまのところ今年見た映画の中でベストです(あまりにも面白いので初日の品川IMAXから近所のシネコンまで3回もみてしまった)。複雑な作りなのに難解さのカケラも感じさせないというのがいかにもイーストウッドらしい繊細な強靭さがある作品なのですが、それでも彼の今までの映画のどれにも似ていないというのがまた素晴らしいところです(どちらかというとブレッソンのように豊な音響が聞ける映画です)。

この映画が複雑な作りだというのは幾つもの異なる層がミルフィーユかタペストリーかの如く重なって綴られているところです。数えてみるとおおよそ以下の四層構造になっています。


≪第一層:PTSD的悪夢層≫

この映画はアバンタイトルトム・ハンクス扮するサリー機長の飛行機が摩天楼に墜落するPTSD*1)的悪夢から始まります。この悪夢はサリー機長が目覚める事によって夢オチであることが示されます(ちなみにPTSD的悪夢を見る男がランニングするオープニングは『ファイヤーフォックス(1982年)』にもみられます)。

この悪夢はモノクロのワーナーブラザースのロゴ時点から離陸と衝突、メーデーメーデーメーデー、プルアップの音響のみを聞くことから始まります

その後TV出演後にスタイリストから母からとキスされた後、ふと窓の外を見た際に、再度摩天楼に飛行機が墜落する白日夢をみます。これは夢オチではなく、ふと窓の外の摩天楼を見た際の連想として突発的に発生します。

さらにもう一回、今度はTVのリポーターが「彼は英雄なのでしょうか?それともペテン師なのでしょうか...」というニュースを見ている悪夢を見ます。この悪夢はサリー機長が目覚めて何も映っていないテレビを見る事によって夢オチであることがはっきりと示されます。

これで一本の映画の中でサリー機長は計三回の悪夢・白日夢を見たことになります。

この悪夢・白日夢により、サリー機長には命の安全が脅かされる事故を原因とするストレス障害による心的葛藤があるという事が物語の序盤に具体的にに描写されます。

 

≪第二層:過去回想層≫

単純に現在との対比として自分の過去のルーツと経験を回想するシーンが二回出てきます。

一回目は16歳の時に、農薬散布機の操縦を教わり初飛行した際の回想です。師匠から「どんなときも笑顔でいろ」とアドバイスされる記憶が回想されます(皮肉にも映画の最後近くまでトム・ハンクスはずっとしかめっ面演技ですけどね)。

この回想シーンはテレビのインタビューで奇跡ではなく42年間の経験だと話した後、農薬散布機のエンジン音が聞こえてから始まります。

二回目はジョギング中に海上に停泊してるF-4ファントムジェット機を見た時です。空軍時代、エンジントラブルが発生し緊急着陸した際の記憶が回想されます。

この回想シーンはジェット機を見た時にエンジン音が聞こえてから始まります。

『バード(1988年)』でも同様に回想構造が出てきますが(あれはオーバーラップで回想である事が明示されましたが)、この映画ではオーバーラップのようなお約束を使用することなく過去の回想と現在の層が自由に(しかし用意周到に)切り替わります。どちらかというと『父親達の星条旗(2006年)』に似た構造ですが、ナレーションによる回想導入といったお約束すらもこの映画では使用されません。単に回想シークエンスの音響が回想直前に示されるのみです。回想導入のお約束といえる映画的装飾を排する事でこの映画は自由度をさらに獲得します。

 

≪第三層:事故回想層≫

本映画のメインとも言うべき飛行機事故に関する核心に触れる回想です。これは三回に分けて出てきます。単純に三分割でも時系列シャッフルでもなく、どれも時間軸が重複しているのですが、別空間で主人公以外の本件に関わった人々も含めて重層的にこの三回の回想で描かれます。

 

【一回目】:離陸前から川に不時着するまで

→これはまず最初に飛行機に搭乗する人物の紹介を主に描かれます。そして離陸後すぐに鳥のエンジン衝突により事故が発生し、川に不時着するまで主に乗客やCA(「頭を下げて、姿勢を低く、身構えて」が何度も聞こえます)、管制塔の対応が描写されます。この一回目での事故の核心部分は管制塔によるヘッドセットでの通信を聞くことよって描写されます(コックピット内の状況は最初だけで事故後の核心部分は最後の【三回目】において逆の立場から描写されます)。

この回想は「どうして不時着水なんてしたの?」という妻との電話での会話中のシークエンスとしてやはり飛行機のエンジン音が聞こえてから回想が始まります。

 

【二回目】:エンジン衝突事故後から川に不時着、救出され、ホテルに泊まるまで

→これは観光船、機内のCAと乗客着水と脱出、救助活動に向かう人々、乗客を救出する機長、全員が救出され、ホテルで機長服のままのサリー機長が描かれます(時系列的にはこの後がオープニングの【第一層】の悪夢シーンにつながります)。

この回想はバーで「こっちにもあっちにもサリーがいる」という酔っぱらいが見ていたTVニュースの間のシークエンスとして観光船のエンジン音が聞こえてから回想が始まります。

 

【三回目】:離陸後から川に不時着するるまで(208秒)

公聴会でのフライトレコーダーによる物語の核心である実際のコックピット内のサリー機長がどう判断し、行動したかが最終的に描かれます。

この回想は公聴会ヘッドセットをつけてフライトレコーダーを聞くシークエンスとして飛行機のエンジン音が聞こえてから回想が始まります。

 

≪第四層:現在層≫

上記三層のベースラインとなるのが現在層です。複雑な作りなのに難解さのカケラも感じさせないのは話が悪夢や回想へとあっちゃこっちゃ飛んでも必ずサリー機長を軸とするこの現在層に戻ってくる構成になっているからです。

そして複雑な構成ながらも観客はミルフィーユを食べるが如くその階層を意識する必要はありません(ミルフィーユを食べる時、いちいち何階層か意識して数えて食べる人はいませんからね)。この、階層を自由に横断してもまったく軸がブレることが無いのがイーストウッドというかこの映画の繊細な強靭さと言えます。

さらにこの映画は複雑な構成にも関わらず上映時間が96分と非常にタイトです。この映画を見た後には世に出回っている大抵の映画は96分以内で収められるのでは?とさえ思えてきます(別に長くても面白ければ文句ないんですけどね。当たり前ですが)。 

ということでこの映画は複雑な階層構造を持ちながらもとても美味しいミルフィーユみたいな映画です。実に美味い。いや巧い。

老いてさらにますます自由度が高い映画作りになってきているというのも凄いですね。クリント・イーストウッド。さすが現在アメリカ映画界最高峰の演出力を誇る映画作家です。

 

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*1:PTSD心的外傷後ストレス障害(しんてきがいしょうごストレスしょうがい、Post Traumatic Stress Disorder、PTSD)は、命の安全が脅かされるような出来事、戦争、天災、事故、犯罪、虐待などによって強い精神的衝撃を受けることが原因で、著しい苦痛や、生活機能の障害をもたらしているストレス障害である


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