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『津野裕子』~“純文学”ならぬ“純漫画”と呼びたい天才漫画家のマジックシュルレアリスム~

漫画

好きな漫画家さんシリーズで津野裕子さんについて書いてみます。

津野さんは1986年に雑誌『ガロ』でデビューしてその後も主に『ガロ』で短編作品を中心に発表されてきた知る人ぞ知る天才漫画家さんです(青林堂長井勝一さんをして「十年に一度の天才」と言わしめた人です)。まぁ、天才という言葉が胡散臭いというのであればイメージの錬金術と言い換えても良いかもしれません(余計胡散臭い?)。本来であれば高野文子さんのように雑誌「ユリイカ」に特集されてもよい程の実力の持ち主だと思うのですが、いかんせん寡作でマイナーな『ガロ』系(しかも『ガロ』休刊後は漫画はほぼ活動休止状態)の人なので知名度が低すぎるのがなんとももったいない話です。

津野さんの漫画は一言でいえば新居昭乃さんが奏でる音楽のような女性特有の“きれいな感情”を呼び起こしてくれるシュールで美しいイメージの散文詩のような漫画です。絵も透明感がある上手さで、特に女性を描かせたら髪型から服飾に至るまでこだわりのある描写となっており、その美しさにおいて他の追随を許しません(逆に男性の方はケンくんとか白玉兄弟とか刺身のツマ程度の描写だったりします。初期の頃の話ですが)。

津野さんはいわゆる世間一般の職業漫画家さんではなく、地元の富山県で広告デザイン系の会社に勤めながら平日深夜や土日に漫画を執筆なさってていたそうです。ですので現在までに出版されている単行本はたった四作しかありません。しかしどの作品も確固としたイメージがあって自分が本当に好きなモノを書いていらっしゃる感じがして、商業主義作品とは無縁の“純文学”ならぬ“純漫画”とでも呼びたくなる傑作ぞろいです。

以下がその四作品のリストになります(『鱗粉薬』は後で別表紙の増補改訂版が出ています)。

デビュー30周年記念にあたる2016年現在、8年振りだった最新作の『一角散』よりさらに8年も経過してしまいました。願わくば(例えば高野文子さんやモンテ・ヘルマンのように)忘れたころにひょこっと新作を発表してくれればファンとしてはとても嬉しいのですが...。

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津野裕子が描くマジックシュルレアリスム

津野さんの漫画の魅力は絵の上手さはもちろんですが、その独特な世界観にあります。

  • 見た夢をそのまま自動筆記したかのようなシュルレアリスム的なイメージの連鎖でエロチックかつ耽美的な世界が描写される『きくかてん』、『逆しま』、『鱗粉薬』、『エリクシル(錬金薬)』(これはマックス・エルンストの『カルメル修道会に入ろうとしたある少女の夢』に想を得て作られた作品とのことです。)
  • 地方の漁港(富山の近所らしいです)を舞台にした大林宣彦のようなジュブナイル的なリリカルさを持つ『岩波くんの夢』等の岩波君シリーズ(僕はこれほどまでに見事なオチの作品を他に知りません)
  • おとぎ話のような話で少年や少女の通過儀礼をビクトル・エリセのような繊細なタッチで描く『喜見城』や『雨宮雪氷』
  • ギリシア神話の世界を舞台にした『水海(みずうみ)』
  • ラテンアメリカマジックリアリズム的な世界観の『セルピエンテ・ドゥルミエンテ』

等々、多彩です。

特に特徴的なのは記憶の断片の中を行き来するようなシュルレアリスムともマジックリアリズムともとれる空想的な世界をリアルなイメージの連鎖によって散文詩的なダイアローグと共に描くことです。

以下津野さんが描かれる独特な世界観の断片の傾向を作品名と共にご紹介します。


◆<姉妹、あるいは双子>

『雨宮雪氷』の巻末解説*1にも書かれていますが姉妹(あるいは姉弟)の話が多いです。双子とかもそうですね。失った半身を見つける物語というか。心理学的な分析ができれば何かその意味を見出すことができるのかもしれませんが、それは僕には(漫画が面白ければ)特にどうでもいい話です。単に津野さんがそういう家庭環境(お姉さんがいるとか)で育って姉妹の話が作りやすいだけなのかもしれませんが、そこらへんのところはちょっとよくわかりません。

  • デビュー作の『冷蔵庫』は死んで冷蔵庫になったが成長して自分そっくりになったを自分の中に取り込んでしまう6ページの作品です。処女作から津野さんの描く姉妹は『戦慄の絆』の一卵性双生児のように一心同体になります。このモチーフはこの後何度も変奏して繰り返されます。
  • 次作の『デリシャス』はしゃべるとき口から花を出すとしゃべるとき口から宝石を出すに出会ってその姉妹と一緒に暮らすことになった男の話です(文章にすると悲劇的な状況かもしれませんが絵をみればコメディタッチのメルヘンです)。
  • シタールの夜』は神様にお願いして夢の中で授かったたが魚に食べられてしまったのでその魚を裏返しにして助ける話です(...読めば分かります!)。
  • 『喜見城』は海に溺れて辰虫が吐いた蜃気楼の中に神隠しにあった少年のかがり火によってその化身である姉と瓜二つな少女に助けられる逆浦島太郎みたいな話です。
  • 『雨宮雪氷』は少年が用水路に落ちて亡くなった少女(“ゆきごおり”という名前です)をそのと探す話です。
  • 『Identical Twin's Garden』は同じ人を好きになった魔法使いの双子の姉妹の話で、その続編の『双生児の窓』と『ジェミニ(前・後編)』はその双子の方が双子を一人にして生んだ(『ミラースクライング』の主人公で二対の乳首と六本の足指がある)とそのもう片方のの方が生んだ双子姉妹が一同に会する話です(ややこしいですね...これも読めば分かります!)。
  • 『エリクシル(錬金薬)』では叔父の家でみた少女の写真が夢の中で両性具有のとなって入れ替わります。
  • 最新作である『救命一角散』でもヒロインはよく似た姉妹として主人公から間違えられます。

<不在の父親

津野作品での父親の扱いは不当に低いです。たまに話に出てきてもたいてい死んでいたり人外だったり。両親がいなくなって物語が始まるのはジュブナイル物の定番ではありますが。多分漫画に描く対象として興味が無いんでしょうね。逆に不在の父親が上記の姉妹(あるいは双子)や美しい女性を描きたいというテーマを際立たせているとも考えられます。 

  • 『岩波くんの夢』等の岩波君シリーズではヒロインの父親が「魚(大きな鯛)」であるという噂が物語の中心になっています。
  • 『喜見城』の姉弟は両親や祖父を亡くしておじさんの家に預けられています。
  • 『A TASTE OF HONEY』には「遠くで釣りをしている人がいる。あれはに違いない。もっとも10年前に死んでいるけれど。」のセリフで始まります。
  • 『PALE BERYL』ではずっと帰って来なかったを直接斎場で焼いたシーンから始まります。
  • 『スウィングシェル』でヒロインはのろいにかかってお父さんが熊に見えることにより自立します。
  • 『Identical Twin's Garden』の冒頭は「パパが死んでから双子の妹と二人っきりで住んでいた」のセリフで始まります。その子供達の話である続編の『双生児の窓』も「そんなパパも二年前突然の心臓発作でお墓の下です。」のセリフがあります。
  • 最新作である『救命一角散』でもヒロインの父親は放浪画家で不在です。

<赤い色のイメージ >

基本的にモノクロームなイメージの津野作品ですが、たまに出てくる赤い色のイメージが鮮烈に描写されます。青は赤に、白は赤に(またはその逆に)色彩遷移する展開も多いです。一部セクシャルな物の隠喩として描かれる場合もあります。

  • 赤い広場』では主人公がトマトりんごネクタイから病気のまで赤いものを連想します。
  • 『Identical Twin's Garden』では恋人の青い入れ墨の鯉がワインを飲んで赤くなり(父が飼っていた)本物の赤い鯉にメタモルフォーゼする話です。
  • 『鱗粉薬』では兎の着ぐるみから女の子は赤い風船と言って男の子の青い風船を渡されます。赤い血を吐く青年に差し出したハンカチは後で青い血だったとわかります。
  • 季節風』では不倫の結果として赤く丸い絨毯が女の体から出たが沈澱した描写が冒頭に描写されます。
  • 紅白更紗』赤い壁の家の金魚を飼育する雇い主の赤い服を着た孫娘に嫉妬するものの、和解して白い服になる話です。
  • 『ファンテール』では金魚や熱帯魚を飼育する女性が雇い主の若奥様に嫉妬する話です。
  • 『百日紅白』では主人公の間男が少女の白い服が体からしみだした血で紅い服になったと想像します。

<無くした宝物を意外な場所から発見する >

出会うはずのないものを出会わせることをシュールと呼ぶならばまさにシュールな物語の意外性があります(世界観という程の事ではありませんが)。

  • 『(サンドイッチまんが)ピクニックには』はお母さんがなくした結婚指輪パンの中から見つけます。
  • 『落日は雲の奥 その2』では無くした指輪のダイヤをの中から見つけます。
  • 『乙女椿』では祖母の形見のコハクの帯〆植木鉢の中から見つけます。

 いろいろと書いてみましたが文章だとよく分からないかと思いますので興味のある方はぜひお手にとってその世界に触れてみてください。特に最近世に出回っている普通の漫画が何を読んでもつまらないとか、シュールなちょっと変わった物を読んでみたいという方におススメです。読んでもやっぱりよく分からないと思われるかも知れませんがキツネにつままれたような魔法に感染することこそが津野漫画の魅力です

 

*1:雨宮雪氷 解説 姉と弟のものがたり 村上知彦


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