『銃撃』/『旋風の中に馬を進めろ』(1966年) 〜 モンテ・ヘルマンによる一卵性双生西部劇二本立て①:生誕編

 1964年のクリスマスプレゼント

1964年の12月24日、若き駆けだしの演出家とこれまた若き駆けだしの俳優兼脚本家が、その俳優自身にインスパイアされた出来事を元に『エピタフ(墓碑銘)』というタイトルの映画を作ろうと構想を練っています(ハリウッド映画俳優が自分のガールフレンドが中絶できるよう金集めに奔走する、という半自伝/半ドキュメンタリー的な話しです)。一度はこの企画の出資に賛成していたプロデューサーですが、彼らがフィリピンから別の映画の撮影から帰ってくると、この陰鬱な題材に何やら金の臭いを嗅ぎ付けられなかったのか、意見を変えてこう告げます。

西部劇を二本やりたい」*1

 

演出家の名はモンテ・ヘルマン

ニューヨーク生まれでUCLA卒業後、演劇界で『二十日鼠と人間』や『ゴドーを待ちながら』を手がけるようなインテリですが、劇場に出資していたロジャー・コーマンに見いだされて映画界に入り『魔の谷(59年)』というB級ホラー映画でデビューした新進気鋭の演出家です。

俳優兼脚本家の名はジャック・ニコルソン

ヘルマンとは彼が編集を担当した『The Wild Ride(60年)』という作品で知り合い、『魔の谷』に続くヘルマン作品である戦争映画『BackDoor to Hell(64年)』に出演。この作品の撮影でフィリピンロケに向かう船旅の途中で『Flight to Fury(64年)』の脚本を執筆。次作でも自分が出演する作品の脚本をヘルマンと供に模索します。

プロデューサーの名はロジャー・コーマン

如何に安く早く観客の気を引く儲かる映画を作るかという事に腐心する監督兼敏腕プロデューサー。そのため組合に加盟していない無名で野心的な大学出の若者達にチャンスを与えると同時にその才能と労働力を安く利用するしたたかさを持つ良くも悪くも悪名高い業界人で、ヘルマンを映画界に誘った張本人です。

この一癖も二癖もある三人の思惑がどのようなものであったにせよ、この世に生まれ落ちることになるのが『銃撃』/『旋風の中に馬を進めろ』という二本一卵性双生西部劇です。なぜ二本かというのは単にスタッフ、俳優、ロケ地を使い回せば一本の予算でもう一本の制作費が浮くという経済原則的な理由で、B級映画プロダクションがよくやる常套手段だからです。

いずれにせよ後世に名を残す斬新な二本の傑作西部劇が製作されるきっかけが、ある種スクルージ的ともいえるサンタクロースからのささやかなクリスマスプレゼントとして、後に超寡作で知られる悪魔を憐れむ詩を奏でる不遇な映画作家に贈られたことは、まさにクリスマス映画のような聖夜の奇跡とでもいって良いのではないでしょうか。またそのささやかな映画史の奇跡の結果を半世紀後の僕達も簡単に触れる事ができるのはなんとも幸福な体験なのであります。

ちなみにその遥か25年後に、盲目超能力美少女が、クリスマス赤い何かを見ると過去のトラウマが蘇って殺人を犯してしまう頭の半分を脳移植されたカッパ頭のフランケンシュタイン的怪物真っ暗地下室で最終対決する人気ホラーシリーズ“悪魔サンタクロース”第三弾『ヘルブレイン/血塗られた頭脳(89年)』というクリスマスコメディアクションホラー映画(本当にそんな映画なんだからね!)をヘルマンが撮ったという事実は上記とは全く関係のない話でありますが、そのまたさらに21年後(=21年振り)に撮った『果てなき路(2010年)』にレオナルド・ディカプリオと共に『ディパーテッド(2006年)』のジャック・ニコルソンが映像で友情出演するのは上記の関係から全く関係のある話なのであります。


双子だけど似ていない異母姉弟の一卵性双生児?

おおよそ似たような予算(『銃撃』が7万5千ドル、『旋風~』が7万ドル)、
似たような上映時間(imdbでは82分、僕が見たDVDはPALマスターなのか78分)、
似たようなスタッフ(7人とコメンタリーで言っていた)
似たようなロケ地(ユタ州のカナブ)、
同じ主要キャスト(ミリー・パーキンスにジャック・ニコルソン)、
同じ制作、同じ監督(モンテ・ヘルマン

にも関わらず、この双子の映画は思ったほど似ていません。まるで性別や性格の違う姉弟のようです。

というのも脚本はさすがにジャック・ニコルソンが二つ同時に書いたというわけではなく、(とはいいつつも年明け1965年の1月からたったの1ヶ月で)彼が『旋風~』を、キャロル・イーストマンという女性がエイドリアン・ジョイスというペンネームで『銃撃』の方を書いています。ヘルマンは昼にジャックと、夜にキャロルと打ち合わせて過ごすというハードスケジュールで脚本を進めます。

『銃撃』はジャック・ロンドンの小説「Sun-dog Trail  幻日の追跡」という小説とJFK暗殺にインスパイアされた物語で、「ある出来事をそれ以前もそれ以後も何が起こったのかわからないままみつめてしまう」というアイデアが元ネタだそうです。

『旋風~』の方は元ネタ不明というか典型的な無実青年の逃避行物ですが、タイトルはジョセフ・アディソンの詩『The Campaign 戦闘』より「全能なる神の命に従い/彼は旋風の中を進み、嵐を操る」からの引用だそうです。

尚、『銃撃』の脚本は韻文でか書かれており、ミリー・パーキンス演じるわがままなでエキセントリックな謎のツン(デレません)女性はキャロル本人の性格だとか。

一月末に脚本が終わって二月にロケハン。四月には撮影開始され、B級映画らしくとんとん拍子で制作は進み、あっという間に二本一卵性双生西部劇映画は完成します。

(②へと続く)

  


【関連記事】  

callmesnake1997.hatenablog.com

 

*1:モンテ・ヘルマン語る 悪魔を憐れむ詩(2012年)河出書房 ※全般的に引用してます。