大野雄二さんの仕事で驚かされるのはその音楽自体の素晴らしさもさることながらその仕事量の多さです。
特に70年代後半から80年前半にかけての映画、テレビ、歌謡曲、CMと多岐にわたる活躍はその全貌を誰も把握することが不可能だと思えるほど膨大です(果たして将来一体誰が「大野雄二全集」を編纂して刊行できるのでしょうか?)。
もしタイムマシーンがあってこの時代の大野さんに密着取材してどのように作品を作っていたかの謎を解くドキュメンタリーがあれば大変面白いものになったのではと想像したりします。
御本人は単に来るもの拒まずで仕事を受けていただけかも知れませんが、商業音楽の縛りの中でこのような短期間に密度の高い大量の素晴らしい音楽を生み出してきたその才能は、モーツァルトに比肩すべきと言っても過言ではありません。
彼の作ったその膨大な量の優れた音楽に関して、口の悪い人はやれワンパターンだの単なるパクリだのと(主に2ちゃんで)批判する人もいるようですが私はそうは思いません。
ワンパターンはプロフェッショナルな芸としての個性と才能の現れですし、小津の映画と同様にパターンの微妙な変奏の差異を楽しむべきものです。
またパクリといえば聞こえが悪いですがクラシック音楽が基本的に過去の同じ人の同じ曲しかやらないのと同様に、単に元曲が何かということにすぎません。
同じベートーベンの交響曲を元ネタとして指揮するのにカラヤンとクライバーでは全くアプローチが異なるように、大野さんの手から奏でられる楽曲は大野アプローチを通して大野サウンドとしかいいようのない作品として生み出されるので、やはりそこもまた個性と才能の現れということになります。
特にジャズの世界ではプレイヤーやアレンジャーやコンダクターやコンポーザーといったその曲に関わる立場はどうあれ、ミュージシャンそれぞれがリアルタイムにインタープレイするその瞬間の相互作用が重要です。
というわけで大野さんとその時代の音楽家達が生み出した素晴らしい作品の中のほんの一部からおススメの代表作を見てみましょう。
マイ・リトル・エンジェル My Little Angel(1971)
ピアノプレイヤーとしての大野雄二が堪能出来るストレート・アヘッドなモダンジャズの初リーダー作。トリオでスウィングする硬質な明るさとビル・エヴァンス的なリリカルさを併せ持っています。
演奏/大野雄二トリオ
大野雄二(p)、池田芳夫(b)、岡山保義(ds)
Spiced With Brazil(1974)
ソニア・ローザをヴォーカルに迎えたボサノバというよりブラジル経由のメロウ・グルーヴ作品。ローズの響きによるアレンジの美しさもすでにこの頃から完成されています。スタイリスティックスのYou Make Me Feel Brand Newのようなヒット曲を早くも収録。
春の如く As Well Be Spring(1975)
アン・ヤングをヴォーカルに迎えたスタンダードナンバーオンリーなトリオ作品。スキのない疾走感は「マイ・リトル・エンジェル」と同様。
演奏/大野雄二トリオ
大野雄二(p)、池田芳夫(b)、岡山保義(ds)
Singer Lady(1975) 、Lots of Love(1976) 、Love Letters Straight From Our Hearts(1977) / しばたはつみ
パンチのきいたソウルフルなヴォーカルが魅力と呼ばせてほしい”シンガーレディ”しばたはつみの作品。こういう歌謡曲物のプロデュース作品にもキラリと輝くセンスの良さが大野アレンジの魅了の一つです。
萬花鏡(1975) 、胎児の夢(1977) / 佐井好子
こちらは一転しておどろおどろしい情念漂うシンガーソングライター佐井好子のプロデュース作品。
後の犬神家の一族にも通じる美しくもドロドロとした和テイストのアレンジ。
気まぐれ天使 O.S.T(1976) / 小坂忠&ウルトラ、コメディードラマ・ソングブック(1971-77)
石立鉄男主演の70年代ホーム・コメディ・ドラマの音楽集。テレビのサントラはラウンジ風があったりバンド風があったり多彩なアレンジ。小坂忠のボーカルもティン・パン・アレー系のR&Bとは異なり、コメディ物なので全体的にフォーキーでほんわかした感じです。
犬神家の一族 O.S.T(1976)、人間の証明(1977)、野生の証明(1978)
言わずと知れた角川映画初期三作のサウンドトラック。さすがジャズ好きの角川だけあって目つけどころが違います。映画の出来不出来はともかくとしてゴージャスなオーケストレーションの音楽だけで元が取れます。
ルパン三世 オリジナル・サウンドトラック(1978)、同2(1978)、同3(1979)
言わずとしれたルパンのサントラ。私も含めこれでジャズ・フュージョンの洗礼を受けた人も多いはず。ビートルズやYMOと同様に一世を風靡したポピュラーミュージックが最も実験的で先進的だったりするから不思議です。
最も危険な遊戯 MUSIC FILE(1978)、「殺人遊戯&処刑遊戯」ミュージックファイル(1978-79)、Uターン(1978)/松田優作
ハードボイルドといえば松田優作、ハードボイルドなジャズ・フュージョンといえば大野雄二 。必然的にこのタッグが生まれます、時代の要請です。申し分ありません。
24時間テレビ・愛は地球を救う/オリジナルサウンドトラック(1978)、
キャプテン・フューチャー音楽集/オリジナルサウンドトラック(1979)
ホーン・セクションがゴージャスなオーケストレーションのユー&エクスプロージョンバンドでの24時間テレビのサントラ。ピンクレディのSF歌謡もかなりぶっ飛んだ歌詞で楽しめます。
もう一つは本当のSF物のサントラ。スぺオペにスペイシーなフュージョンが良く合っています。哀愁漂うヒデタ樹「おいらは寂しいスペースメン」も収録。
大追跡 MUSIC FILE(1978)、同 Vol2、
「大激闘 マッドポリス’80」ミュージックファイル(1980)
アクション物もおまかせのユー・アンド・エクスプロージョン・バンドでのサントラ。
演奏/大野雄二&ユー・アンド・エクスプロージョン・バンド
大野雄二(key) 、市原康(ds)、岡沢章(b)、松木恒秀(g)、ラリー寿永(perc)、ジェイク・H・コンセプション(sax)
永遠のヒーロー(1977)、SPACE KID(1978)、COSMOS(1981)
サントラや歌謡曲プロデュースとは別に個人名義でリリースした傑作アルバム。いかにこの当時氏の創作意欲が旺盛であったかということが分かります。
LIFETIDE/生命潮流(1982)
当時の最新の機材を使用して一人で多重録音で一週間で作り上げたと言われるスペイシーなシンセフュージョン。一時期の細野晴臣にも通じる楽園音楽や瞑想的な曲もメロディアスなシンセ音として心地好い。
FULL COURSE/フル・コース(1983)
まさにフルコースなユー・アンド・エクスプロージョン・バンド名義のアルバム。コンピュータによる手抜き無しで五人のみのメンバーによるフィジカルで有機的なバンドサウンドはやはりこの時代の最後の贅沢さともいえます。
演奏/大野雄二&ユー・アンド・エクスプロージョン・バンド
大野雄二(key) 、市原康(ds)、ミッチー長岡(el-b)、萩谷潔(g)、鳴島英治(perc)
小さな旅(1983~)
誰もが一度は聞いたことがあるであろうNHK長寿番組のサントラ。
子守歌のように美しい旋律が光と風と山河の旅に寄り添うような静かなる和風アンビエントジャズ。
大野雄二ベスト〜コロムビア・エディション〜 (2007)
大野氏自身がセレクトしたベスト・アルバム。興味のある人はまずはこの中で気に入った曲のアルバムを選ぶのがよいでしう。上記に挙げた大野氏のアルバムはどれも捨て曲無しの素晴らしいアルバムです。